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お寺さんの町!寺町、別院前スタート!
にぎやかなグルメの町、「十日市町」を抜けて・・・やって来ました!
寺町&別院前。
ここは十日市町と比べると、比較的ゆったりとした時間が流れている一帯で、
寺町と別院前という、その名の通りお寺さんの街。
まず、駅を降り立ってビックリするのが、
そこはお寺、お寺、そして関連のお店が
電車通り沿いや少し奥にひしめいていること。
そもそも、この寺町という町は戦国時代の武将、福島正則が、
江戸時代になり芸備を治めた際に、城の守り、防御上の砦として作った町で、
寺を集中させた町づくりになっているのだとか。

こんな一風変わったお寺さんもチラホラ見かけられます。

有名なのが、本願寺広島別院。
龍原山仏護寺という名前で、広島は安佐南区にある
武田山に建立されたお寺。
当時は天台宗だったそうなのですが、浄土真宗に改宗され、
また毛利元就時代に町割りをした際移転。
その後、寺町に名前が変更になり以降寺町にずっとある、
歴史ある安芸門徒の中心道場なのです。
取材を決行した日はお盆前・・・ということで、
これぞ広島ならでは・・・と感じる風景に遭遇です。↑
各地、各宗派によってご先祖様をお迎えする方法はいろいろありますが、
広島は紙製の、ちょっと派手目の灯篭が溢れかえります。
専門店の軒先や、お寺の前、コンビニ前でも販売しております。
この紙製のちょっと派手目な灯篭は全国各地共通のものだと、
小さいころから思いこんでいたのすが、
他県の友人からその間違いを指摘された際は、
ひどく驚いた記憶があります。
最近は永代供養用にミニ灯篭もあるのだとか。
お店の方にお話を伺ってみると・・
この特徴的な紙灯篭は安芸門徒だけが用いる独特な伝承風景なんだそう。
まさに先ほどの本願寺別院前が中心道場をつとめるところ。
広島地区のみ、山口あたりではお目に見えません。
この灯篭には、様々な説があるのですが、
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そもそも、安芸門徒は、戦国時代に織田信長公が全国制覇を目して
中国地方に攻め込んで来た時、
安芸の国の一向宗門徒達の大反発を受けて中国侵攻を諦めたとの史実があり、
それに伴い、安芸の国の門徒を特別に安芸門徒と区別して
呼ぶようになったという言われもありそこに理由がある・・・・
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という説もあれば、
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江戸時代の終わりに、広島の紙商人の娘が亡くなった際、
両親はその死を悼んで灯篭を作りお墓に飾ったというのが始まりである・・・・
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という説も様々。
はたして・・・・・。
そんな夏の広島ならではの風景が見れる寺町は、
どんな町なのか・・・。
今日から5日間、佐藤デスク&フク副編集長&ムツラチームで、
ご紹介していきますよー。
ムツラ