プラスなプレス:勝手に研究会

寺町別院前の注目企業 「株式会社ソアラサービス」の牛来千鶴社長にお会いしました!

株式会社ソアラサービス 牛来千鶴社長を訪ねて

 

広島のSOHOをとりまとめる人と言えば、株式会社ソアラサービスの牛来千鶴社長。
会社は、中区広瀬北町にありますので、「寺町」と「別院前」の電停のちょうど間に位置しています。

 

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ご存知の方も多いと思いますが、広島のSOHOのための環境作り、交流づくりから、仕事づくりを行う会社として大変有名な、株式会社ソアラサービスさん。
さとうデスクと、fukuハラ2名で、会社を訪問し、お話を伺いました。

 

 

1999年に牛来社長がフリーのプランナーとして独立されたときに、SOHOだからこそ感じた孤立感、困ったことを解消するために、2000年にSOHOが交流できるクラブを発足したのが広島SOHO'クラブです。


SOHOのオフィスを共同化して経費を削減できたらいいなぁという、あったらいいなぁというアイディアをカタチにしたのが、「広島SOHO'オフィス」の開設でした。

現在は、広島のSOHOを紹介し、イベントを通じて事づくりをしていくところから、モノづくりプロジェクトや、「弟子入り型プロ養成プロジェクト」、また広島県の緊急雇用対策基金事業を受託し、クリエイティブ人材養成排出プロジェクト「ひは。」(ひろしま はたらく プロジェクト)を推進されています。


現在、社員9名。プロジェクトメンバーを合わせると19名が常駐されているオフィス。

 

 

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fuku:最近のお仕事の話はどのようなことがメインでしょうか?

牛来社長:県の雇用促進事業です。
私たちがスタートした、「弟子入り型」プロ養成プロジェクトは、クリエイターを育てるシステムとして2年間立ちました。

本人にもお金は出ないし、受け入り先も2ヶ月間手がかかるなどという話で、課題がありました。
ところが、本人にも、受け入れ先にも県から給料や支給金が渡される雇用促進事業に採択され、今、この事業を柱に進めています。
 

fuku:それは、「弟子入り型」プロ養成プロジェクトをもとに、県に事業化をプレゼンされたのでしょうか?

牛来社長:それが、まったく偶然の出来事から。
あるセミナーのゲストとして、県知事をおよびすることができた。
その時に、課題などをお話していると、県が今、こんな公募をやっているよ、と知事から教えていただき、それからすぐに申請の手続きを進めた。
その時は、申請に必要な資格の取得が間に合わず、諦めましたが、すぐに有料職業斡旋事業者の資格をとり、次の申請にトライしました。

その申請の時に、5人の県の方のヒアリングを受けた時のこと。
一人の女性の方と、ずいぶん前に名刺交換をしていて、そのときからメルマガをお送りしていたので、ずっと弊社のメルマガを読んでいらしたんです!
何か一言ありませんかと言われた時に、
「私はずっと以前からメルマガを読んでいて、ソアラさんの活動はずっと見ていましたので、よく存じ上げています。何も言うことはありません。信頼しております。」
と言っていただきました。
その時、本当に人のご縁ってすばらしい!と思いました。


fuku:ご縁づくりといえば、SOHOイベントもずっと以前から継続されていますね。

 

牛来社長:2003から2005年に「ひろしまSOHO博」をしてきました。
その頃は、SOHOの認知度も低く、もっとSOHOのプロを表に出したい!そしてみんなに仕事を出してね!という想いでやっていましたが、お陰さまで一定の成果を得、現在は、クリエイターとのモノづくりへと移行しています。


fuku:モンキーパンチ先生も、「ひろしまSOHO博」にいらしてましたよね。

牛来社長:しまねのイベントで、モンキー先生がメインゲストの時に、私も参加していて、遠くから見ているだけだったのに、専務の田中がせっかくだからと喫煙室まで私をひっぱってくれて、そこでご挨拶をしたのがきっかけで、それから私たちのイベントに招かせていただいたのです。

モンキー先生も、漫画家ですが、グラフィックで書かれていて、大きなご自宅の中に仕事場(オフィス)があって、実はSOHOなんです。SOHOのスターですよ。


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さとう:牛来さんのところは、クリエイターを集めているけど、とがっていない。
プロの人もいれば、学生もいて、はばひろく人が集まっているのがよいですね。

 

牛来社長:いろんなことをしているから、SOHOプロダクションとしては、プロを。
広島SOHO'クラブは、どなたでも参加できる交流の場として、すみ分けています。


さとう:牛来さんのことを、横軸に広がる人なのよねー。といっている人がいましたが。

牛来社長:あくまでも私はコーディネーターだと思います。
自分では何もできないけど、人と人をつなげたりすることで何か役に立てないかと思っています。


同席した新入社員岩本さんにもお話を伺いました。

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fuku:ソアラのことはご存知で面接を受けていたのですか?

 

岩本さん:学生の2年、3年の時に、講演で牛来さんの話を聞いて、知っていましたが、会社のことはよく知りませんでした。
就職活動の時、説明会に来て、知ったくらいです。

牛来社長が、同席していてもしていなくても、「牛来さんは、すごいんだよー。」といろんな人が言われます。
謙虚で、いつも「私は何もできないからー」と言われているが、みんなはすごいと言われます。


 

 

fuku:いろんな事業や、やりたいことを次々に実践されて行動力と気配りがすばらしい牛来さんですが、アイディアは、いつもどうやって思い突かれるのですか?


牛来社長:みんなと話したり、交流したりしていること、それからライフワークがつながって、思い突くことが多いです。

私は情報通ではありませんが、不思議なことに必要な情報が集まってくるのは感じています。
今後は人材育成と、5年後くらいに何かしら始めている気がします。

たとえば、海外の発展途上国とつながる事業とか、広島が元気でパワーを活かすとともに、海外の困っている人たちの生活に役に立つことを、具体的には、フェアトレードなど。

マザーハウスさんのフェアトレードはベンチマークしています。

これも調べたというより偶然のご縁で。
テレビなどの情報で知っていただけでなく、パーティのときに、牛来さんにこの本を読んでほしいと持ってこられた方がいて、それがマザーハウスの山口絵理子さんの本だったのです。

 

そこで、東京に行く機会に、著者にも会いにもいかれた牛来社長。
その行動力はすごいなーと話していたら、


牛来社長:ただ、この積極性は、性格だけではなく、ハーストーリィ時代に教えてもらったことです。
専業主婦時代、何かしたくて、ハーストーリィの主催するフリーマーケットに参加したときから、自分が変わる一歩だった。

よい情報が入ってくる、集まってくるのは、「生きる意味」として、自分の中ではっきりとした意味づけがあるためだと思います。
私が思う、私が生きる意味とは、私利私欲でなくて、人のためになりたいということ。
何もできない自分が、出会いによって変わった、変わることができたということを、伝えていき、迷っている人のためになりたいと思います。

 
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広島では、牛来千鶴さんの名前を知らない人はいないというほど、有名な方なのに、「私は何もできないから」といつも謙虚な牛来社長。

自分よりは人のためになることをいつも考えていらっしゃることが、昔から変わらないことがよく分かりました。
だからこそ、たくさんの方が牛来さんの周りに集まってくるようです。


明日は、見学をさせていただいたソアラさんの内部を、ご紹介します!!

 

2010年08月25日
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