広島電停の寺町駅を降りて
天満川に向かい徒歩10分ほど歩いたところに、
広島のグルメ情報で知らない人はいないのでは?というほど
有名なカフェ「MARIOデザート」の他、
MARIOレストラングループのデザインや、
数多くのカフェ等のデザイン、店舗プロデュースを行われている
デザイン事務所「絵図屋」さんへお邪魔しました。
お話を伺ったのは代表の部屋幸男さん。
(突然のアポイントにも関わらずありがとうございます!)
10年ほど前に引っ越しされてきたというこちらの事務所は、
明るい日差しがサンサンと入る素敵な場所。
オフィスを見渡すと、ボトルの中に砂利や水ゴケ、水草などを入れて、
生き物が生きていくための環境を作ってあげるという
「ボトルビオトープ」が たくさん。
「何もしなくても良いし、場所や温度も関係ないのが良いんです。」
と、話される部屋さん。
グリーンが多い室内は、浄化された空気が流れているような
そんな空気感であふれています。
独立されたのは、13年ほど前。
もともとは、デザイナーの川原信子さんのオフィス、
デザインオフィスカワハラにて勤められ、
その当時からMARIOレストラングループの店舗ロゴマークや
ツール、サインコーディネートなどの仕事をされていたそうです。
●絵図屋さんのお仕事はコチラ↓
(一部をちょっとだけ公開しますね)
「そこにいれたことが勉強です」と話される部屋さん。
そこで学んだことは、「人が作るものでデザインがいらないものは無い」
ということ。
現在もデザインにマックを使わないという部屋さんは、
ただ単にデザインをするというだけではなく、
行われている仕事はすでにコンサルティングの領域なんだそうです。
店舗のお仕事の際は、
ロゴマークからツール、内装から看板、メニューコーディネートのほか、
客単価の設定等まで手がけることもあるとか。
まさにトータルコーディネートの立ち位置でお仕事をされていらっしゃいます。
よくよく見るとオフィスの周りには沢山のカエルたちが。
お話を伺ってみると、たまたま白いカエルのオブジェを買ったところ、
それ以来、自然と集まってくるようになったのだとか。
日本に古くから開運と縁起のジンクスが伝わるカエル。
そんなカエルたちが集まる部屋さんの周りには、
沢山のご縁があるようです!
そんな、素敵な部屋さんとご縁をいただいたことにも深く感謝です!
「まるで現代の裸の大将のようですね。
筆があればその場で何でも描きますよ。」と話される部屋さん。
このたびは、お話お聞かせいただきありがとうございました!!
さて、寺町、別院前は本日で終了し、
来週からは横川駅周辺に突入ですよーーーーーー。
研究員は、前半ヤスナガ&ムツラペア。
後半は、お姉マンズ、サトウ、シミズ、フクハラチームですっ!
お楽しみにーーー。
ムツラ
昨日に引き続き、株式会社ソアラサービスさんの社内の様子をご紹介します。
ビルの4階に受付があります。
そのエントランスフロアには、「SO@R モノづくりPROJECT」の展示がありました。
Tシャツや、ステーショナリーもあります。
このワイン色のパッケージは、モーツアルトさんとコラボして作ったバレンタインのチョコレートのもの。
三次のドライピオーネの粒がまるまる1個はいってチョコでコーティングされている。
もみじまんじゅうのやまだ屋さんとのコラボの「黒もみじ」「赤もみじ」も有名ですね。
株式会社ソアラサービス 牛来千鶴社長を訪ねて
広島のSOHOをとりまとめる人と言えば、株式会社ソアラサービスの牛来千鶴社長。
会社は、中区広瀬北町にありますので、「寺町」と「別院前」の電停のちょうど間に位置しています。
ご存知の方も多いと思いますが、広島のSOHOのための環境作り、交流づくりから、仕事づくりを行う会社として大変有名な、株式会社ソアラサービスさん。
さとうデスクと、fukuハラ2名で、会社を訪問し、お話を伺いました。
入ってすぐ「ラセッテ」内はひろーーい素敵なエントランスが出迎えてくれます。
お忙しい中、オーナー北村シェフにお話伺いました。
北村オーナー、もともとここにレストランがあったころから気になってらしてた様子。
この隠れ家的なところそしてこの広いエントランスに一目ぼれして
このお店を借りる決意をされたようです。
おっしゃる通り素敵なエントランスとそして中に入るとまた明るくて広い店内です。
今回は
フクハラ・ムツラ・satomido・そして"美味しいモノ"の匂いがすると現れるシミズの4名が
この取材に参加です!!
さあ、美味しい写真たちをごらんあれ・・・・・・・・・・
にぎやかなグルメの町、「十日市町」を抜けて・・・やって来ました!
寺町&別院前。
ここは十日市町と比べると、比較的ゆったりとした時間が流れている一帯で、
寺町と別院前という、その名の通りお寺さんの街。
まず、駅を降り立ってビックリするのが、
そこはお寺、お寺、そして関連のお店が
電車通り沿いや少し奥にひしめいていること。
そもそも、この寺町という町は戦国時代の武将、福島正則が、
江戸時代になり芸備を治めた際に、城の守り、防御上の砦として作った町で、
寺を集中させた町づくりになっているのだとか。

こんな一風変わったお寺さんもチラホラ見かけられます。

有名なのが、本願寺広島別院。
龍原山仏護寺という名前で、広島は安佐南区にある
武田山に建立されたお寺。
当時は天台宗だったそうなのですが、浄土真宗に改宗され、
また毛利元就時代に町割りをした際移転。
その後、寺町に名前が変更になり以降寺町にずっとある、
歴史ある安芸門徒の中心道場なのです。
取材を決行した日はお盆前・・・ということで、
これぞ広島ならでは・・・と感じる風景に遭遇です。↑
各地、各宗派によってご先祖様をお迎えする方法はいろいろありますが、
広島は紙製の、ちょっと派手目の灯篭が溢れかえります。
専門店の軒先や、お寺の前、コンビニ前でも販売しております。
この紙製のちょっと派手目な灯篭は全国各地共通のものだと、
小さいころから思いこんでいたのすが、
他県の友人からその間違いを指摘された際は、
ひどく驚いた記憶があります。
最近は永代供養用にミニ灯篭もあるのだとか。
お店の方にお話を伺ってみると・・
この特徴的な紙灯篭は安芸門徒だけが用いる独特な伝承風景なんだそう。
まさに先ほどの本願寺別院前が中心道場をつとめるところ。
広島地区のみ、山口あたりではお目に見えません。
この灯篭には、様々な説があるのですが、
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そもそも、安芸門徒は、戦国時代に織田信長公が全国制覇を目して
中国地方に攻め込んで来た時、
安芸の国の一向宗門徒達の大反発を受けて中国侵攻を諦めたとの史実があり、
それに伴い、安芸の国の門徒を特別に安芸門徒と区別して
呼ぶようになったという言われもありそこに理由がある・・・・
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という説もあれば、
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江戸時代の終わりに、広島の紙商人の娘が亡くなった際、
両親はその死を悼んで灯篭を作りお墓に飾ったというのが始まりである・・・・
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という説も様々。
はたして・・・・・。
そんな夏の広島ならではの風景が見れる寺町は、
どんな町なのか・・・。
今日から5日間、佐藤デスク&フク副編集長&ムツラチームで、
ご紹介していきますよー。
ムツラ